春節今昔

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syunsetsu

 今年の春節(旧正月)は残念ながら日本で過ごしてはおりません。

それにしても、経済発展してからの中国で春節の行事は本当に盛大なものとなりました。大がかりな花火が上がり、テレビをつければ豪華なショーが映ります。食事はお金さえ出せば贅を尽くしたものを堪能することができ、家族・親戚・友人の間では贈り物やメールが無限に飛び交います。

半世紀前、祖母と暮らしていた私の幼少期とはまさに隔世の感があります。あの頃は中国がまだ貧しかったけれども、ゆったりした時間が流れ、人々の気ももっと落ち着いていたように思います。

 
 春節は除夕(大晦日)から旧暦1月15日の元宵節までお祝いが続きます。昔はもっと早くから始まっていたかもしれませんが、記憶が定かではありません。

門扉にはめでたい語句を書いた春聯を掲げ、窓には花の剪画(切り絵)を貼り、大晦日から年夜飯(日本の年越しそばならぬ年越し飯ですね)をいただきます。

思い出されるところでは、咬春(各種の餡を挟む中国風クレープです)、栗子鶏(「栗為腎之果」と言われ、栗は先天の気の運用をつかさどる腎の働きを助けます。また、鶏は陽気を強め、「吉」と音が同じことからお祝いの意味もあります)、黄ニラやホウレン草、卵や豚肉の炒め物などを大人に混じって作ったり食べたりしたものです。もやしの根を取って豆と茎を別々に炒めたものは、満族の伝統料理のひとつでした。

元旦を迎える時には、今ほどの規模ではないにしても、やはり爆竹(中国語では「鞭炮」)を鳴らします。邪を祓い、神を迎える意味があります。そう言えば、火薬はもともと中国で発明されたものですね。ただし、今年の北京市では、大気汚染の赤色警報が出された時には爆竹の販売や使用が禁止されるとか。

もちろん年長者を敬う新年の挨拶は欠かせません。祖母は人望がありましたから引きも切らずお客様が訪れていました。

 正月の料理ももちろんあります。「初一餃子、初二面」(初一は春節の元旦)と言い、餃子は「交好運」、つまり、新年に幸運がもたらされるように、また、面(麺)はその形状のように長~く生きられるようにと願って作るものです。
 中国風の餅である年餻は「年高」に通じ(やはり音が同じで成長、発展を願います)、これを黄色や白銀色に作るのは、やはり「発財」、お金に困らないようにという願いからでしょう。

 家族が円(圓)満に暮らせるようにと、湯圓も一般的な正月の食べ物です。南方ではとくに、「甜蜜」(甘く楽しい)暮らしが送れるようにと各種の甜食も好まれるようです。

 もっとも、人々や情報の行き来が盛んになった今の中国では、北方、南方、西方を問わず、おいしくて祝賀に結び付くようなものはどんどん取り入れ、春節の食文化はますます多様になっています。
 
 ついつい懐旧談を交えて書き連ねましたが、この申の年に皆様の運気が上昇するよう心からお祈りします。

 改めて、過年好!

楊秀峰

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