体験談

(『中国宮廷気功』より)

◎妊娠は困難との病院の診断。
しかし、集中コース受講後まもなく、元気いっぱいの女の子を授かりました
(27歳、女性)

 楊先生の教室を訪れたのは昨年(二〇〇三年)、結婚して三年目でした。その時は、不妊歴一年半になっていました。
 原因は、多嚢胞性卵巣症候群というもので、病院では、卵巣が硬く、血行が悪いために排卵しないのだと説明を受けました。教室にうかがう前には、病院で処方された排卵誘発剤を飲み、漢方薬も試し、整体の施術を受け、さらには他の気功師のところで外気功も体験し…とさまざまなものに頼ったのですが、良い結果は出ませんでした。もっとも、外気功を受けると体が熱くなり、とても良いと思ったのですが、回数がかさむと料金の負担も限界に来てしまいました。そこで、日々の生活の中で内気功を練習することによって、自らの力で体質改善を図りたいと考え、楊先生を訪ねたのです。

 楊先生に相談にのっていただき、現代の女性に多い体の冷えが受精を阻んでいること、結婚して十年間子宝に恵まれなかったものの、先生の指導を受けて後に三人のお子さんをもうけた方を始め、何人も先生の指導を受けて赤ちゃんを授かっていること、先生が不妊症や婦人病の改善を得意としていることなどを聞き、結局、集中コースを受講することにしました。

 集中コースは、気というものの役割、簡単な気功の歴史や分類、練習上の諸注意を学ぶことから始まり、放松(リラックス)し、気を感じる訓練、さらに、気を巡らせる訓練へと進みます。楊先生がおばあさまから受け継いだ宮廷二十一式の中から、気を採り全身に巡らせ、脊柱の湾曲を正しくするポーズ、婦人病に効果のあるポーズ、さらに、骨盤を矯正する動作などを学んだ他、外気功を受け、体を温める食事や漢方薬について教わり、さらには、妊娠しやすくするための中国房中術の教えを受けるなど、数日間にわたる十数時間のコースはあっという間に終了しました。

 集中コース修了後は、子供を授かることを強く望みながら、教室の一般コースでも練習を続け、食事などについての先生の教えを守り続けました。そして、わずか数か月後…新たな生命が私の体内に宿ったことを知ったのです。

 その後も子供の発育は順調で、妊娠六か月目に入った頃からは、安産のためにどのような気功を練習したらいいか、食事などについてどのようなことに気をつけるべきか等々、何度か臨時の講義を受けて出産に備えました。宮廷二十一式のビデオが出ていましたので購入し、習ったポーズを繰り返し復習しました。

 そして、そろそろ青葉の季節になろうかというおだやかな気候の頃、女の子が生まれたのです。四千グラムを超える大きな、元気いっぱいの子でした。生後四か月ほど経ってから、わが子を楊先生の教室に連れていくと、先生は自分のことのように喜んで下さいました。いまは、母親となった喜びを毎日かみしめながら暮らしています。

 

◎もう失明するのかと一度は絶望。
でも、楊先生が希望の明るい光を与えてくれました
(52歳、女性)

 「原因はわかりません。治りません。目が痛くなっても冷やして休むことぐらいしかありません」緑内障について、どこの病院でも医師から聞かされる言葉は決まってこのようなものでした。楊先生の教室にうかがう以前、私の目は常に紗がかかったような状態で、大きな看板も見づらくなっていました。このまま失明するのではないかという恐怖が襲いかかってきて、しかも、更年期障害、高血圧、冷え性にも苦しめられ、生きていてもしようがないかと時々思うほどつらい状態でした。

 楊先生に初めて整体と外気功を受けた時、とくに首がすごくこっているような感じがして痛みを覚えるほどでしたが、帰りの電車の中でまわりがすごくはっきり見えるのに驚きました。二回目、三回目…と通うごとに目がよくなるのがわかり、しかもその頃悩んでいた家族との関係についても、楊先生はじっくり話を聞いてアドバイスを下さるので、体のこりばかりか心までほぐされていくように感じました。毎回毎回、自宅から楊先生の教室まで飛ぶように通いました。

 そして、五か月。緑内障のせいで視野が一部欠けているところはそのままですが、見える部分ははっきりとしています。主婦なので買い物は仕事のひとつですが、それまではスーパーの値札が見づらくとても困っていたのが、今では不自由なく買い物もでき、とてもありがたく思っています。

 楊先生の「気」は、純度の高い水のようで、体の中にじわじわとしみ込んでくるように感じます。外気功を受けるようになってから眼圧はずっと安定しています。私がいくら「よくなった」といっても、医師は「将来は失明しますよ」と本当に人の病を治す気持ちがあるのだろうかと思えるぐらい希望を奪うような言葉を吐くのですが、それでも動揺しないぐらい、気持ちも安定しています。血圧も上がっていないと思います。というのは、体が軽くてとても調子が良いので、測定することすらしなくなってしまったからです。更年期障害のつらさも激減し、氷のように冷えていた足もそれほど気にならないぐらいになりました。

 若い頃からストレスを発散させるのがへたでした。ところが、宮廷二十一式を練習すると、ストレスがすっと消えていくように感じます。また、ふつうの体操と違って、それぞれの動作がツボを刺激するからでしょうか、体の奥の方から温かくなるように感じます。もっと若いうちに二十一式に出合っていたらと痛感しています。

 もう失明するのだろうかと一度は絶望していたのが、今ではあきらめないでよかったとつくづく感じています。楊先生、中国医学というのは大したものですね。

 

◎楊先生は私のよき“家庭医”でありカウンセラー。
何度も救われました 
(48歳、女性)

 子供の頃、小児湿疹に悩まされていた私は、二十代に入るとまずアレルギー性鼻炎がひどくなり、やがてアトピー性皮膚炎の症状が出始め、皮膚科通いが始まりました。ステロイドを処方され、結局十年以上その薬と付き合ったのですが、症状は一進一退で、もっともひどい時には皮膚が割れて体液がしみ出し、ピアスの穴も体液で埋まり、それがかたまるとまるで鎧を着ているようで後ろも向けないほどでした。その上、父が亡くなったストレスもあったのでしょうか、カポジ発疹症が二年続けて表れるなど、状態は一気に悪化しました。

 また、引越しをすればシックハウス症候群に悩まされ、ステロイドを一時切ってみればひどいリバウンドに見舞われ、心身とも最悪の状態でした。うつ状態にもあったのではないかと思います。
 私がもっとも落ち込んでいる時期、母は私が自分の状態を悲観して早まったことでもすると心配したのでしょうか、私を“監視 ”していたほどです。

 十数年前のそのような時、私は太っていたこともあり、本で楊先生がダイエットのクラスを開いているのを知り、訪ねたのです。先生は私を見て毒素のかたまりなどとおっしゃり、私の状態を聞いて、便秘を治すこと、食事の内容に気を配ること、自然水に近い水をとることなどを厳しく指導され、さらに、漢方薬の服用も勧めてくださいました。

 ダイエットのコースを受講後しばらくして、先生も心配してくださっていたのでしょうか、電話をいただいたのですが、それが私を地獄のような状態から救い出してくださることになったのです。

 先生の指導のもとに改めて体質改善に取り組むことになり、放松(リラックス)のための功法、気を強める内気功などの練習を続けました。宮廷二十一式の中では、肺、大腸、皮膚などにかかわる「風揺荷葉」という動作を繰り返し指導されたのが記憶に残っています。さらに、体を中から変えるような食事、漢方薬をとることを続け、内分泌の調整をするためのさまざまな施術をしていただきました。

 それから数年の時間はかかったものの、その間もちろんステロイドを用いることもなく、アトピーの症状は治まっていったのです。現在の私に初めて会った方で、かつて苦しみに苦しんだ過去の私を想像できる方はまずいないと思います。

 さて、実は、私の病との闘いはそれでは終わりませんでした。一昨年、健康診断からの一連の検査で肝臓に嚢胞が見つかり、悪性であることが疑われたのです。腫瘍マーカーの値も高くなっていました。複数の病院で手術をすぐに行うことを勧められ、いったんは手術の時期も決めていたものの、納得しての決断というわけではありませんでした。

 そこで、楊先生に意見を求めにいったところ、先生が即座に出した答えは「切らない方がいい」というものでした。手術の侵襲もさることながら、私が太って脂肪も厚く、万が一、手術の傷から腹膜炎でも起こしたらという心配をされたようです。また、先生が中国でがんセンターに勤務し、来日してからもがん治療で知られる病院で気功を指導していた経験から、手術をしなくてもなんとかなるのではないか、と考えられたのだと思います。

 結局、手術を見送り、肝硬変などの特効薬としてよく知られる中国の薬と楊先生が調製して下さった養生茶を常用しながら、免疫力を高めるための食事をとることを厳格に守り、気功の訓練を続け、疲労を残さないよう気をつけました。
 そして、肝臓に異常が見つかってから約二年後の現在、病院で検査は続けていますが、腫瘍マーカーの値は正常に戻っています。

 宮廷二十一式の練習を続けながら、私は体にちょっと異変があるとすぐに楊先生に相談を持ちかけるのですが、親身に、時には厳しく教え導いて下さる先生は、わたしのいわばよき“家庭医”、カウンセラーであり、また、師であると同時に親しい姉妹のようなかけがえのない存在になっているのです。

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