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楊秀峰宮廷気功養生院顧問
帯津三敬病院名誉院長
帯津良一

◎中国の宮廷に伝わる秘伝は一子相伝で伝えられてきました

 長い歴史の中で、気功は様々な形で生まれ、受け継がれてきました。いつの時代にも不老長寿は大きいテーマだったに違いありません。漢代(紀元前3世紀~紀元後1世紀)の有名な馬王堆の墳墓から出土した絹布には、現代の気功と同じような導引図が描かれています。

 また、中国最古の医学書「黄帝内経」には、病気の治療法として気功(導引)が記されています。中国古来の宗教である儒教・道教・仏教にも修行法として気の訓練が伝えられています。そのような中で、王朝でも昔から健康、長寿には強い関心を持ち、探求してきたに違いありません。皇帝が臣下に命じて、不老長寿の秘薬を探させたという伝説がいくつも残っています。同じように、清王朝(1616~1912)の時代にも多くの健康法が研究されていたと考えられます。その中で古くからあった気功や呼吸法から「宮廷21式呼吸法」が生まれてきたのでしょう。

 日本でも多くの人に知られている太極拳や八段錦に比べ、宮廷21式呼吸法はほとんど知られていませんでした。詳しい理由はわかりませんが、宮廷の中で生まれた呼吸法で、その効果があまりにもすばらしいので宮廷の関係のある人だけで密かに行われ、宮廷の外部に伝えられなかったのではないでしょうか。

 それが何らかの形で楊家に伝えられ、一子相伝を守って楊秀峰に伝えられたのでしょう。
 宮廷21式呼吸法を教えられるときは一対一で、他人に見せたり、教えたりすることは禁じられていました。2歳頃の物心がついたときには、すでに祖母からこの功法の指導を受けていたようです。

 それと同時に、宮廷の流れをもつ多くの気功や教えを学びました。それはすべて、人が健康を維持し、心と身体の調和を図るための健康道といえます。楊秀峰の身体に流れる中国の叡智を、ひとりでも多くの人に伝え、健康な毎日を過ごせることを願っています。

◎理想的な呼吸法が自然に身につき、経絡への刺激が効果を高めます

 現在、気功は3000以上の種類があるといわれています。楊秀峰の指導する気功は、動きを伴う内気功で、自分の身体の中の気を高めるものです。気功の多くはこの内気功に含まれます。

 気功の基本は調身、調息、調心の三調です。正しい姿勢と呼吸することが、安定した心の状態を生み、心と呼吸がきちんとしていれば、身体も正しい状態になるわけです。楊秀峰の宮廷気功は、呼吸が中心ですが、もうひとつ重要なのが動きです。人間は動きながらの方が呼吸を整えやすいといわれています。動きの基本さえ身につければ呼吸を整えやすいというわけです。

 中国医学で重要視しているのが経絡の考え方で、血液と気が循環する道のことです。この経絡を刺激し、より活性化することが各器官を元気にしていくのです。楊秀峰は、中国に伝わる伝統医学の知識も取り入れながらより効果のあるカリキュラムを考え、指導しています。

 また、楊秀峰の宮廷気功は、先人の知恵を余すところなく伝えるために、症状や目的にあわせていろいろな気功法を指導しています。

 良い気功を身につけるには、良い指導者にめぐり会うことが第一条件です。楊先生は、生まれたときから自然に中国の思想を学ぶ環境に育ちました。そういうことから、私の考えるホリスティックな健康観と同じと言えます。

 正しい気功や中国の養生法を楊先生から学んでください。


2006KikouTour02
元中国医学気功学会理事
張天戈

 宮廷21式呼吸法は、満族である楊秀峰先生が、一族に伝わり清朝の皇宮内で行われてきた医療健身法を整理し、世に問うたものである。日本など他国にも伝わり、さらに多くの人々の健康に役立ち、多数の気功愛好者に喜ばしいことに歓迎された。

 清朝は、鎖国以来、汚職などにより腐敗し、日ごとに衰えていた。皇帝を守る八旗の子弟は、働かずになまけ、国家を維持して伝統の文化などを継ぐ能力もなかった。当時、巷間では次のようにうたわれた。「一等のできそこないは女遊びにふけり、二等のできそこないは(当時珍しかった)時計をいじり、三等のできそこないは鳥を相害する」。
 そこで、八旗の子弟に健身、養生の方法を学ばせ、心身を鍛えることが提唱された。このような状況の下で、楊式太極拳が皇宮に入り、続いて、道家の龍遊功(回春功)や宮廷21式なども宮廷で行われるようになったのである。

 もともと、中国の気功医療はその源を古代の導引按きょう術にまでさかのぼり、数千年もの歴史を持ち、内容は広く深い。
 気功は、長年月にわたる病気の予防と治療、養生健身の実践を経て、諸家の優れたところを取り、発展を続け経験を積み、方法論と理論を備えた養生学を成した。

 この簡便な自己鍛錬法を現代の人々に充分理解させるため、1950年代、関係する専門家の研究によって、導引は「気功療法」あるいは「呼吸運動療法」と名称を改められた。以来、現代の医学界は気功療法を受け入れ、応用することができるようになった。
 気功療法が一定の治療効果を持つことが証明されて後、1955年、中国国家衛生部は気功療法の全国への普及を開始した。私は、これが時代の要請であり、ある種の新たな発展であったと考えている。

 それから40年間に及ぶ実践と探求を経て、現代医療気功の医学への利用の基盤が形成されたが、これは容易なことではなかった。
 1990年に出された『全国の中医学専門家が予測する20年後の中医学の発展』によると、2010年には、8~12の疾病について気功医療の利用法が提示されるだろうとのことである。これはまさに、医療気功が現代医学の一分野として確立されたことを意味する。

 歴史を振り返ると、中国では隋代(581~618年)にすでに、弁証施功、すなわち病証を分析して適切な気功療法を施すことが初歩的に行われていた。
 同時代の名医で太医博士の巣元方が編著者となった『諸病源候論』には、かなり大がかりにこの時代の成果が収められ、同書中には200を超える各種の導引法が出ている。そこには、古人が臨床経験において積み重ねた弁証施功の経験が含まれている。
 われわれは引き続き掘り起こし、整理し、レベルを高め、粗を排して精を取り、偽を排して真を残し、この宝物を再び人類の健康のために貢献させなければならない。

 気功の一つひとつの動作・姿勢は、鍼灸で用いる一つのツボ、あるいは一種の薬物のようなものであり、臨床に利することができる。
 医療気功、健身気功は科学の道を歩まなければならず、病によって薬を使い分けるのと同様に、症状によって用いる気功を選ばなければならず、保健効果を高めるのに都合がよい。

 楊秀峰先生は、20年に及ぶ気功医療、教学の実践において、宮廷21式を導引、按きょう、点穴法と組み合わせ、その保健効果はさらに高められた。
 このたび、楊先生が積み重ねてきた弁証施功の経験が書かれたことは、読者に大いに貢献することになろう。

 私はこの場を借りて、国内外の医療従事者、気功を養生・健身に用いる方々、研究者に、本書を特に推薦するものである。

(帯津良一・楊秀峰共著『中国宮廷気功』に寄稿)

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