教室でご指導する功法の中心である「宮廷21式呼吸法」は、このホームページにも書いているとおり、母方の祖母より幼少時から仕込まれたものです。
八旗(いわば清朝の貴族ですね)の最上位である正黄旗の家の出である祖母の教えはとても厳しく、弟子は同じ満族に限り、教える時には門や窓を閉め切って秘密裡に指導していました(詳しくは私の著書をご覧下さい)。
また、女性は他家に嫁いで秘伝が漏れてしまう可能性があるために、「伝男不伝女」と言って深く教えるのは男性に限っていました。女性である祖母や私が伝えられたのは、いわゆる宗家だから、また、多少は天稟があったからということでしょうか。
それでは祖母は誰から伝えられたのか? 名前は残っていませんが、御医(宮廷の医師)だったその父と祖父から教わったと祖母から聞いたことがあります。
私は赤ん坊の頃から祖母に育てられましたし、医学の道に進むことを選びましたから、宮廷21式のそれぞれの動作の意味と効果は、様々な療法と共に、治療家、武術家として有名だった祖母から教わっておおよそは理解しているつもりですが、残念ながら伝承について詳細な話を聞く機会は失してしまいました。ですから私は改めて祖母を宮廷21式の初代とし、私が2代目、娘を第3代としています(世の中には伝承をでっち上げてしまう方もいらっしゃるようですが)。
おそらくは代々の正伝継承者の名を含めて秘訣などが記された伝書を、祖母はその晩年、地中に埋めてしまいました。祖母の晩年、そして私の青春時代は、文化大革命の影響で伝統文化が徹底的に排除されました。ましてや政府のお膝元の北京にいたのですから、その圧力は大変なものでした。祖母も伝承を絶やさないということについて少し悲観的になっていたのかもしれませんね。
さて、他の教室で気功や武術を学ばれた方が私の教室にいらっしゃると、だいたい21式の動作の独特なことに言及されます。
たしかに、交差するような足の運びを始め、身体全体につねに捻りをかけていくような(活力を与えます)動きは独特のものでしょう。祖母からは、宮廷内での女官の歩行法も入っていると聞きました。
また、道家と医家の流れをくむことは前回のブログでも書きましたが、動作の名称から推測するだけでも、祖母が伝えた形に落ち着くまでに代々の伝承者が内容を増やしていったのではないかとも考えています。祖母は「宮廷二十一式呼吸健康法」と呼んでいましたが、この名称も少々現代的な感じがするでしょう。
風擺荷葉、青龍探爪、摘星換斗など他の道家の功法にもみられるようなおなじみの名前がある一方、月穿潭底という名称があります。
月光が淵の底を照らすという意味で、動作もまるで指先から出る光が水底を照らすようなものですが、月光はものを照らし出しても水面にさざ波を立てるようなことはないことから、心を一処に留めず、見かけの変化に乱されずというような境地を示した禅語(禅宗で心得や境地などを表す語)でもあります。
益気昇提の益気は人体を動かすガソリンのような脾胃の気(飲食物の消化によって生み出される)を指しますが、益気昇提は脾胃の気を活性化させるという中医学の治方(治療方針)そのものでもあります。
他にも例はありますが、宮廷21式は清朝の宗教、医療などの文化のエッセンスが注ぎ込まれた精華のひとつであろうと自負しています。
私は日本に来て四半世紀を過ぎ、年齢的にも中高年の域に入っています。毎日の指導などに追われてはいますが、祖母の教えを受けた弟子、さらにその弟子はまだ北京にいるのか、宮廷21式の成立の過程を知ることができるような手掛かりは残っているのか、そんなことも私の代で少しずつ探ってみたいと思っています。
楊秀峰